作:菜の花すみれ
ここは魔法の国、エターティア。
妖精の力で守られた美しい大地の上に寝そべり、空を見上げる少女が一人。

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ハロー!
私、パティ。パティ・アーリア。
この魔法国家エルニスで、クロスゲート管理のお手伝いをしているの!
なんでかっていうと、私のお父さんはクロスゲート警備の指揮団長をしているんだ。だから、私もそれを手伝っているの。
今日も空の観察中だよ。
まあ、クロスゲートは空から開くことばかりじゃないんだけど、空から開くことが多いっていうのも事実。
それで、今日も私は空を眺めてるってワケ!
私は昔から空を眺めるのが大好きだったから、これは趣味も兼ねてって感じではあるんだけどね。
「今日は空からおいしい物は降ってこないかな〜」
「パティったら、またこの間のカップ麺のことを思いだしていますのね? 本当に、食いしん坊さんなんだから……」
「食いしん坊だなんてひどーい! そんなんじゃないもん。ただ人よりちょっとだけ食欲旺盛なだけだもん」
「それを普通食いしん坊さんって言うんですわ。ふふふ」
琥珀に笑われて、私は頬を膨らませた。
本当のことでも、言われて悔しいことってあるんだから。
だって……。
「私だって、女の子なのにさ……」
昔から、私がちょっと活発でおてんばすぎるせいか(だって、体を動かすのが楽しくって!)、この旺盛な食欲のせいか(だってお腹がすくんだもん!)、近所の男の子にも誰にも女の子扱いなんてしてもらえなかったから、それがちょっぴり私は悲しいんだ。
「あらあら、気にしてしまいました? ごめんなさいね、冗談ですわよ。それに、元気でいっぱい食べるパティが私は大好きですし、可愛いと思いますわよ」
「ほんと? 琥珀、ほんとにそう思う?」
「ええ」
「よかった! よ〜っし、じゃあ、今日も美味しい未知の食べ物が空から降ってくることを祈って、お仕事がんばろ〜っと!」
「まったく、げんきんな子ですこと……」
私が勢いよく起きあがったその時、空から何かが降ってきた。
遠くてよく見えないけど……何が落ちてきたんだろう……?
「あらあら。パティのわがままを聞いてくれたのかしら?」
「なんだろう、あれ? 早速、回収に行こう!」
「ええ」
「おいしいものだといいな〜♪」
「まったくパティったら……」

――数時間後。
「ねえ、レン。わかった? 中身はなんなの?」
私のお友達の魔法使い、レン・ラルファ・アーシャはとんがり帽子を揺らしながら黙々と作業をしている。
「…………」
クロスゲートから落ちてきた物は、赤い包み紙でラッピングされた可愛い小さな箱だった。
草原の中ですぐに中身を確認しようとした私だけど、琥珀に『何が入っているかちゃんと専門の人に調べてもらってからの方がいいと思いますわ』って言われちゃって、ラルファ家にやって来たの。
「そう慌てるな。地球から落ちてきた物に間違いはないようだが、今、レンが地球の文字をエターティア語に訳しているところだ」
レンの相棒の妖精、オニキスが私の肩に乗りながら言った。
「まぁ、私や琥珀なら読めないわけではないのだが、レンには良い経験だろう。」
「え? 訳すって? あの箱の中に何か書いてあったの?」
「あの箱の中には、ある物といっしょに手紙が入っていたんだ」
「ふ〜ん。手紙が入ってたんだ。……で、ある物ってなあに?」
「チョコレートだ」
「え♥♥♥チョコ!?」
「またクロスゲートから落ちてきた物が食べ物だなんて、パティの意志が空に届いたかのようですわね」
琥珀は肩をすくめて笑った。
「たべた〜〜〜〜〜〜い! ねえ、ちょっとちょーだい!」
私は身を乗り出した。
「時期尚早……」
レンが辞書と手紙とを見比べながら、やんわりと私を制する。
「まあ、少し待ってくれ。この手紙の意味がわかったら対応の仕方もわかるはずだ。食べるのはそれからでも……。」
「はぁ〜い……」
オニキスに言われて、私はおとなしく待つことにした。
楽しみだな〜。地球のチョコレートってどんな味だろう。
エターティアにあるチョコよりもっと甘いのかな? それともビター? う〜ん……どっちも、おいしそぅ〜〜〜〜♥♥♥
「えへへ……」
「ちょっとパティったら、よだれが……」
「あっ! いけない! あは、ははは!」
「チョコレートのこと、空想してましたでしょ?」
「う……」
図星。

それから待つこと一時間。
「…………」
レンが私の服の裾を引っ張った。
「ふえ? あぁ、レン……。ごめん、私寝ちゃってたみたい……。もう出来たの?」
「……」
レンがこくんと頷く。
「どれどれ、手紙になにが書いてあったのかな? 私が読み上げよう」
オニキスがそう言うと、レンの手にする手紙の前へと飛んでいった。
「"ずっと、ずっと、あなたのことが大好きでした。このチョコレート、私の気持ちです。心をこめて作りました。どうか、食べてください! 愛しています!! 直接は恥ずかしくて渡せそうにないので、下駄箱にいれます。" ……うん!間違いなく訳せているな。さすがだレン。」
「恋文…求愛……」
「ラブレターでしたのね、その手紙……。しかも、文面から察するに、女性が書いたもののようですわ」
「え? え? どういうこと? この手紙の人が愛の告白の為にチョコを渡した……ってこと!? なんで愛の告白でチョコレート???」
私の頭の上にハテナマークが飛び散る。
と、その時。
「それ、知ってるみゃ〜〜〜〜〜!!」
元気な声と共に、開いた扉の隙間からちっちゃな妖精、ねこめが飛び込むように入ってきた。
「待って〜。ねこめ!」
続いて、姫乃樹神社の巫女、月歌まで。
「ねこめ、月歌! どうしたの?」
「あっ、パティちゃん……。あの、クロスゲートからなにか面白い物が落ちてきたって話しをねこめが聞きつけて、見に行こうって言われて……」
「フェアリーのネットワークはすごいんだみゃ! そんでもって、ねこめは面白いって聞いたらすぐに駆けつけるんだみゃ!」
「ねこめは相変わらず元気ですのね」
琥珀はねこめの側に寄りそって、頭をいい子いい子となでていた。
ねこめはゴロゴロとノドをならして喜んでいる。まさに猫かわいがり。
って、そうじゃなくて!
「ねえ、ねえ。ねこめ、それで、知ってるってなにを?」
「ああ! そうだったみゃ。愛の告白とチョコレート、こうきたら、それは、地球ですっご〜く有名なイベント【バレンタインデー】みゃ!」

『バレンタインデー!?』

みんなの声が重なった。
「ああ……。そう言われてみれば、地球にいた頃そんなイベントがあったような気がしますわ!」
「私もだ……。たしか、一年に一度だけ、女性からの愛の告白が許された神秘の日……」
妖精たちが口々に言った。
「そんなロマンチックな日が地球にはありますのね……。素敵……」
月歌はもう、うっとりしちゃってるみたい。
「…………」
レンはなにも言わないで黙っていたけど、ほっぺはピンクで、目はトロンとしてる。
「ねえ、それで、なんでチョコなの?」
私の気になるところは、結局ここ。
「愛の告白のかわりにチョコレートを渡すことが、気持ちを伝えた証になるんだみゃ!」
「そうなんだー」
好きな気持ちをチョコレートに込める……かぁ。
地球って面白いイベントがあるんだね。
「え! でも、だとしたらマズイよ!!」
「みゃ?」
「だって、このチョコレートを下駄箱に入れた子は気持ちが届いたって思ってるんでしょ? なのに、これがここにあるってことは……」
「ハッ……! そういえばそうですわ。運悪く彼女がこのチョコレートをいれた下駄箱にクロスゲートが開いてしまって、エターティアにこれが落ちてきてしまったんですもの……」
月歌はオロオロと私の腕を掴んで言った。
「気持ちが届くことはない……ということになるな」
「…………」
オニキスの言葉にレンは重々しく頷いた。
「せっかく勇気を出したこのチョコレートの子が可哀相ですわね……」
「どうしよう〜」
チョコレートを見つめて私は嘆いた。
大好きなチョコレートだけど、とてもじゃないけど私は食べられない。
だって、だって、いっぱい気持ちがこもっている特別なチョコだもん。
「にゃあたちに任せるみゃ!!!」
「え!?」
「にゃあたち妖精なら、クロスゲートを行き来できるみゃ! このチョコレートを地球の元あった下駄箱まで、戻してくるみゃ!」
「そうか……。その手があったな。私たちならできないことはないだろう……」
「クロスゲートの気配を私たちのオーブでたどっていけば、何とかなるかもしれませんわね」
「本当ですか!? よかった……。ねっ、レンちゃん」
「欣喜雀躍……(きんきじゃくやく)」
「ねこめ、オニキス、琥珀、ぜったいぜったい届けてあげてね。チョコレート!」
妖精たちはニッコリ笑い、キレイに包み直したチョコレートにさっきの手紙をそえて、地球へと旅立っていった。
妖精たちだけが通れるクロスゲートを抜けて……。

「……バレンタインデーかぁ」
ラルファ家からの帰り道を、私は月歌と並んで歩いていた。
「好きな人にチョコを渡す日なんて素敵ですわ……。 あ、そうだ!」
「月歌、どうしたの?」
「私、パティちゃんの為にチョコレートを作ってさしあげますわ」
「えっ! ほんと!?」
「ええ! だって、せっかくクロスゲートから美味しい物が落ちてきたのに、今回は食べられなくて、パティちゃん、ほんのちょっぴり残念って思っていたでしょう?」
「えへへ! 実はすこしね」
「それに、私、パティちゃん大好きですもの」
「ありがと!」
月歌は相変わらず優しくて女の子らしいなって思った。
月歌とは小さい頃から家が近所で仲良しだけど、私と性格は正反対なんだよね。
私も月歌みたいにもうちょっと女の子っぽかったらなぁ……なーんてたまに思っちゃう。
「パティちゃんも、誰かお好きな方にチョコを渡したらどうですの?」
「えっ! 私も!?」
「ええ」
考えてもみなかった……。
でも、好きって気持ちを伝える女の子の日だもんね。
こんな日だけなら、私も少し女の子らしく、そんなことしてみても……いい、かな?
「う、うん……。私もじゃあ作ろうかな……」
「うふふ。じゃあ、私のチョコレートはあとから届けに参りますわね」
「あっ、うん!」
いつの間にか、月歌の住む、姫乃樹神社の前まで着いていた。
月歌は手を振りながら小走りで去っていく。
「よ〜っし! 私も帰ってからラブラブチョコレート作ろ〜〜〜っと!」
初めての体験に胸がドキドキワクワク。
私は気がつくと、家へと全力疾走していた。

「でっきあがり〜!」
目の前にはココアのパウダーがいっぱいかかったチョコレートケーキ!
「えへへ。思ったより上手に出来たかも♪」
でも、気合いを入れすぎたせいか、もう真夜中になっちゃった。
「このチョコレートケーキは枕元に置いておくことにしよう」
驚く顔が目に浮かぶなぁ。
と、その時。

ドンドン。

玄関をノックされる音。
こんな真夜中に……。
「どなたですか〜?」
「パティちゃん、私です。月歌です」
「ああ、月歌……」
私は扉をあけた。
そこには耳たぶを赤くした月歌の姿があった。
「ごめんなさい、こんな夜更けに……」
「寒かったでしょ? 耳が赤くなってるよ〜! 早く中に入って!」
私は月歌を家の中へと招き入れる。
「チョコレートを作るのって思いの外むずかしくって……。でも、やっと出来たから持ってきましたの」
「ああ、そうなんだ! ありがと! 私も実は今できたんだ! これ」
「まあ、美味しそうなチョコレートケーキ!」
「えへへ〜!」
「これはどなたにあげるんですの? 男の方ですか?」
「それは、もちろん!」
「えっ、ええ!!??」
月歌は顔を真っ赤にして叫んだ。
あれ? そんな驚くこと?
あ、そっか。私みたいなおてんばがこんなことするからビックリしたのかな?
「これは私にとって、一番大事で大好きな人に渡すの!」
「えぇえ! そ、そんな殿方がパティちゃんにいたなんて……」
「ほぇ?」
「誰なんです!? お、お相手は……!! 教えて下さい!」
「ん? それは……」
「それは……!? ゴクッ」
その時、部屋の奥で大きな音がした。

「ZZzZZZzZz……」

「あはは! またイビキかいてる! 私のチョコレートの相手は、このイビキの人だよ!」
「それって、もしかして……!」
「そっ! お父さんだよ〜♪」
私の一番大好きなのは大事な家族!
たまには女の子らしくお菓子のプレゼントで気持ちを伝えるのもいいかなって思ったんだ。
だって、普段は恥ずかしくてお父さんに大好きだなんて言えないもん。
「……なぁんだ。ビックリしましたわ。そうですか、お父様でしたのね」
「???誰だと思ったの?」
「い、いえ、心当たりはありませんけど、パティちゃんに実は恋人がいたのかと思ってしまいまして」
赤い顔をしてモジモジという月歌。
でも、そんなこと言われたら、私の方まで真っ赤になっちゃうよ〜!
「そっ、そんなの! いないよ!」
「そうですわよね。お互い秘密事はなしですわよ?」
月歌ったら、すごく焦っちゃって……。うふふ、よっぽどビックリしたんだなぁ。
いつもと違って、なんか積極的だもん。
「うん!」
私たちは、絶対ね、なんて言いながら指切りしちゃった。
「ねえ、月歌の作ったチョコ、今、一緒に食べようよ!」
「あ、そうですわね」
月歌が持ってきてくれたのは、丸い形をしたトリュフチョコレート。
「へー。美味しそうだね。じゃあ、いただきま〜す……っう!!」
「え? パティちゃん!? 顔が真っ青ですわ! パティちゃん! しっかりしてください! パティちゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん……!!!」

…………。
…………………………。
……………………………………。

それから数日後、私は病室のベッドの上で目が覚めた。
「すっごいチョコだった……」
マズイの一言で片づけられない脅威の味……。
月歌……実は料理ダメだったのね……。
うーん……。
女の子らしく見えても、得意不得意はあるんだね。
私、今まで自分が女の子らしくないって気にしてたけど、もしかしたら、月歌には違った悩みがあるのかも……。
月歌の料理……。
…………………………あれはひどい。
月歌のことは大好き。
……だけど。
「もう、月歌の料理だけは絶対食べない……」
私は、それを心に決めた。
その時。
病室のドアが開かれた。
「パティちゃ〜ん! おみまいに来ましたわ。あの、私のせいでごめんなさい」
「月歌……いいよ。気にしないで!」
「……これ、お詫びの差し入れ。私の手作りのお弁当です! これを食べて元気をだして下さい!」
「もう、勘弁して〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

           ★おしまい★


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©BROCCOLI Illust/桜沢いづみ